【タロットカード】劉備をタロットで読み解く 2

「運命の輪」の逆位置が示すもの

さて、劉備の若き日々について「運命の輪」が逆位置で導かれたことについて、もう少し深く考えてみましょう。

先にも述べたように、運命の輪の逆位置は退潮、衰退などを暗示しています。

これを劉備の若年期に当てはめると、乱世に立ち向かうための具体的準備ができず、後にライバルとなる曹操らに後れを取ってしまうことを示しているのでしょう。

事実、劉備は曹操ら後漢末の群雄たちとの勢力争いでは後れを取り、自分の根拠地を確立できないまま、長きに渡って各地を渡り歩くハメになったのです(だからこそ、彼の人生は劇的といえるのですが)。

とはいえ、運命の輪という暗示は、ちょっと違った角度から読み解く必要もあります。
運命の輪は、すなわち人生つかさどる車輪であり、ゆっくりとではありますが回転していきます。

よってある時期に悪い流れに向かったとしても、その低迷期を生き延びることができれば、ふたたび運命の輪は回り、運気も移り変わっていくのです。

劉備という人のもっとも優れた資質として、「しぶとさ」が挙げられると思います。

劉備の人生には、まさにバトル漫画のように次々と強大な敵が現れ、その戦いの多くで苦戦を強いられています。

そんな中でも、劉備軍団は滅亡することなく、しぶとく、したたかに生き抜いてきました。
そして劉備は晩年になって、自分の国―――蜀漢の建国をなしとげたのです。

運命の輪の逆位置は、スタートで後れを取ったことの暗示です。

しかし長い低迷期を耐え抜けば、運命がゆっくりと循環し、逆転の望みが出てくることも示しているのです。

出典(TOP画像):photoAC

出典(2枚目画像):ashinari.com

劉備の運命を変えた「黄巾の乱」

このように、ライバルの曹操などから見れば、ちょっと頼りない若者時代を送った劉備ですが、いよいよ乱世への戦いへ乗り出す日がやってきます。

劉備が生きた時代の中国は、後漢王朝の末期でした。
王朝の権力はおとろえ、その前途に暗雲が垂れ込めていたころです。

そして後漢の崩壊を決定的にする、重大な出来事が起きます。
それが「黄巾の乱」(こうきんのらん)です。

簡単に時代背景をご説明しておきましょう。
後漢王朝はもともと中国の統一政権であり、後漢の皇帝が中国全土を支配していました。

しかし盛者必滅というように、どんな王朝もピークを過ぎれば次第に衰えてくるのが歴史の常であります。

後漢も末期になると、次第に政治が混乱し、世の乱れの兆しが見え始めていました。
政治や世の中が乱れると、いつの時代も民衆にしわ寄せがきます。

重い税金や、豪族ら支配者の好き勝手により、多くの人々が苦しい生活を強いられていました。
このような時世にあって、人々の支えになったのが「宗教」でした。

後漢末に起こった新宗教(注)が、人々の苦しみや不満を吸収しながら急速に成長し、巨大な集団となりました。

そしてついには後漢王朝を倒すため、信者たちとともに反乱を起こしました。
これが黄巾の乱(184年)と呼ばれる宗教反乱です。

(注)黄巾の乱を起こした宗教……張角(ちょうかく)という男が率いる太平道(たいへいどう)という宗教組織。185年、張角は後漢王朝の転覆を狙って黄巾の乱を起こすも、乱の最中に張角が病死。その年のうちに鎮圧された。

この乱によって後漢王朝の屋台骨は大きく揺らぎましたが、当時の後漢にはまだ底力がありました。
多くの武将が後漢のために戦い、乱はその年のうちに鎮圧されたのです。

とはいえ、黄巾の乱は後漢王朝に決定的なダメージを与えました。

各地の反乱によって社会がメチャクチャになり、王朝の力もおとろえ、中国全土を支配する力を失ってしまったのです。

後漢王朝の衰退にともない、中国の各地で武将たちが独立勢力となって、勢力争いをはじめるようになりました。

彼らの一連の戦いが「三国志」の物語の中心となっているのです。

弱小軍団のエースたち

出典:ashinari.com

さて、前置きが長くなりましたが、劉備に話をもどしましょう。

黄巾の乱の鎮圧のため、自発的に「義勇軍」を組織して戦った武将たちもいました。
いわば国の正式な軍隊とは別に、手弁当で強い男たちを集めて活動したのです。

劉備もまた、黄巾の乱から後漢王朝を守るべく、あの有名な関羽(かんう/注)や張飛(ちょうひ/注)とともに、義勇軍を旗揚げしました。

(注)関羽……劉備の旗揚げ時代から仕えた、劉備軍団の筆頭格の武将。知勇兼備の武将として名高く、劉備に重用された。晩年には魏の曹操を攻撃するが、背後から呉の孫権の攻撃を受けて逃げ場を失い、捕らわれて処刑された。死後は神として祀られ、中華圏の国々で信仰を集めている。

(注)張飛……関羽とともに、劉備を旗揚げから支えた武将。関羽に並ぶ劉備軍の猛将として名を上げ、少数の部隊で敵に立ち向かうなど、勇気あふれる戦いぶりをみせた。反面、乱暴な振る舞いが災いして城を奪われるといった、粗略な面もあった。最後は部下に殺害される。

関羽・張飛は劉備軍の二枚看板というべき勇将で、劉備をよく助けました。

先に、劉備の長所は「しぶとさ」だとお話しましたが、弱小勢力の劉備が乱世をしぶとく生き抜けたのは、関羽・張飛のおかげだといえます。

弱い軍団だからこそ、当面の戦いを支えるエース級の武将の存在は大きかったのです。

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